Columnコラム

ジンとケースメーカーSUG
—  東と西が出会いひとつの時計をつくるまで  —

1999年、Sinn(ジン)の時計作りを根底から支える存在として、時計ケースメーカーSUG(ザクセン時計技術社グラスヒュッテ)が誕生しました。ドイツのフランクフルトを拠点とする時計ブランドSinn(ジン)と、時計づくりの聖地として知られるザクセン州グラスヒュッテに誕生したSUG。ドイツの「西」と「東」、異なる歴史と文化を背景に持つ両者が、ひとつの時計作りを目指して歩み始めました。

Sinn(ジン)が追求するのは、単なる外装部品としてのケースではありません。パイロットやダイバー、特殊部隊といったプロフェッショナルのニーズに応えるSinn(ジン)の性能を左右する「機能部品」としてのケース。その思想を具現化するために生まれたのが、SUGとの緊密なパートナーシップでした。このコラムでは、SUG設立の背景から現在に至るまで、東西の技術力と価値観が融合していく物語を、時計ケースという視点からひも解いていきます。

SUG

出会いから意気投合

物語の始まりは1998年。Sinn(ジン)のオーナーであるローター・シュミットと、時計ケース製造の技術者ロナルド・ボルト。二人の出会いは、単なる取引先と顧客という関係にとどまるものではありませんでした。グラスヒュッテという時計業界の小さなビオトープの中で、二人はすでに顔見知りであり、高速道路のサービスエリアで初めて意見を交わすことから始まりました。

当時、Sinn(ジン)はプロフェッショナルダイバーやドイツ特殊部隊用の人気の高い時計EZMシリーズのために、Sinn(ジン)独自のテクノロジーを開発し積極的に腕時計へ投入し、機能性と耐久性を最優先にした精度の高い時計づくりを進めていました。そのため、Sinn(ジン)の特徴的な時計ケースには従来以上の防水性、耐圧性、耐磁性、そして精密な加工精度が求められていたのです。時計ケースを「時計の外装」ではなく、「性能を成立させる構造体」と捉えるSinn(ジン)の思想は、ボルトの考えと深く共鳴しました。

ローター・シュミット
ジン社オーナー、ローター・シュミットは、SUGのロナルド・ボルトと協力し高級時計用ケース製造会社を設立した
ダニエル・ボルト
Sinn(ジン)の時計ケースの検査に厳しい目を向けるSUG創業者ロナルド・ボルトの息子ダニエル・ボルト

フランクフルトというドイツ西側経済の中心地と、グラスヒュッテという旧東ドイツに位置する時計産業の象徴的な地。異なる環境で育まれた二人でしたが、両者ともエンジニアであり理想とする時計は驚くほど一致していました。この出会いが、Sinn(ジン)のための新たな時計ケースメーカー設立という大胆な決断へとつながっていきます。

困難を超えて築かれた信頼関係

1999年、グラスヒュッテにSUGは設立されました。Sinn(ジン)の時計ケースを担う存在として誕生したSUGですが、創業期の歩みは決して容易なものではありませんでした。設備投資、人材育成、安定した耐久性を支える生産体制の維持など、若い企業には多くの課題が立ちはだかります。

さらに2002年、エルベ川流域を襲った大洪水は、グラススヒュッテの産業基盤に深刻な被害をもたらしました。会社は完全に破壊され、ゼロからの再出発を余儀なくされました。この時、SUGの復興を強力にサポートをしたのが、ローター・シュミットです。また、2008年の金融危機や2016年の時計製造危機など、外部環境の変化が続きます。しかし、こうした困難な状況においても、Sinn(ジン)とSUGは時計づくりを止めることはありませんでした。

2002年の大洪水
2002年の大洪水は東ドイツ地域に壊滅的被害をもたらし、1999年に設立したばかりのSUGを完全に破壊した photo:Stefan Höhnel

Sinn(ジン)はSUGを単なる時計ケースの供給元としてではなく、技術をともに磨くパートナーとして支え続けました。一方のSUGも、Sinn(ジン)の厳格な要求に応えることで、時計ケースの精度と品質を着実に高めていきます。苦難の時代をともに乗り越えた経験が、東西の距離を縮め、両者の信頼関係を揺るぎないものにしていったのです。

SUGの工房
SUGの工房はグラスヒュッテのドレスナー通り5にある。このあたりは「ウォッチマイル」と呼ばれ有名時計メーカーが軒を連ねている

ジンの時計ケースづくりを極める独立メーカーへ

現在のSUGは、独立した時計ケースメーカーとして欧州の業界トップレベルの技術力を誇り、ドイツ国内外から高い評価を受けています。設計から加工、仕上げ、検査に至るまで、すべての工程を自社で完結させる一貫生産体制を確立し、小ロットであっても高品質な時計ケースを安定して供給できることが大きな特長です。素材に関してもステンレススチールやチタンはもちろん、Sinn(ジン)の腕時計のために特別に製作したダマスカス鋼や、Sinn(ジン)がU1やU50といったダイバーズウォッチに採用している耐久性に優れたドイツ潜水艦の特殊鋼Uボート・スチールまで、様々なスチールを使用し精度の高い時計ケースを製造しています。今日ではSinn(ジン)のみならず名だたる時計ブランドが製造情報の厳重な秘密保持のもと、SUGに時計ケースの製作を依頼しています。

ローター・シュミット
最新鋭のCNC(コンピュータ数値制御)機械で時計ケースを加工
ダニエル・ボルト
サファイアガラスの圧入では最高の精度が求められる

時計ケースには、ブランドの魅力を引き立てる外観の美しさと、耐久性や精密性などの高度な技術要件の両立が求められます。特にSinn(ジン)の腕時計は、耐磁性や防水性、耐温度性を高めるための独自のテクノロジーを数多く採用しており、それに対応する特徴的なケースには精密な加工技術と深い素材への研究や理解が不可欠です。水中での計測操作を可能にしたD3システム(※)を採用したクロノグラフの複雑なケース構造や、オイルを封入するSinn(ジン)独自の特殊構造を持った時計ケース、船級認証機関DNVが行う欧州潜水器具規格EN250とEN14143などの厳しい性能基準を満たすダイバーズウォッチのケースを形にできるSUGの高度な技術力は、Sinn(ジン)の時計づくりを根底から支える重要な要素となっています。

ローター・シュミット
回転ベゼルには職人により手作業で彩色が施される
ダニエル・ボルト
最終工程では、各部品から完成したケースが組み立てられる

※D3システムとは、リューズやプッシュボタンを腕時計のケースに直接組み込む構造により、従来のチューブを不要とした技術。気密性と耐衝撃性を高め、ほこりや湿気の侵入リスクを低減して高い防水信頼性を実現するSinn(ジン)独自の技術です。

世代を超えてジンの時計を支え続ける存在として

フランクフルトの時計ブランドSinn(ジン)と、グラスヒュッテのSUG。西と東、それぞれの地で培われた思想や技術、最新テクノロジーが融合することで、Sinn(ジン)の腕時計は独自の完成度と人を惹きつける魅力を獲得してきました。ダイバーやパイロット、特殊部隊などミリタリー用途にも幅広く対応し、現在では、Sinn(ジン)の腕時計コレクションのほとんどのシリーズの時計ケースをSUGが製造しています。

グラスヒュッテ・ドイツ時計博物館
© German Watch Museum Glashütte, photo Holm Helis

SUGが製作した時計ケースはグラスヒュッテ・ドイツ時計博物館にも展示されており、その技術と品質は時計の歴史の一部として高く評価されています。

そして現在、SUGは創業者ロナルド・ボルトから息子であるダニエル・ボルトへと受け継がれ、次の世代のもとで時計ケースづくりを続けています。

世代を超えて受け継がれる技術と思想。Sinn(ジン)とSUGのパートナーシップは、過去の成功にとどまるものではありません。腕時計という精密機械の可能性を追求し続ける限り、Sinn(ジン)とSUGのこの東西をつなぐ物語は、これからも確かな時間を刻み続けるでしょう。

息子のダニエル・ボルトが経営
SUGは創業者ロナルド・ボルト指揮のもとで欧州全土でも屈指の時計ケースメーカーにまで発展し、彼の引退後は息子のダニエル・ボルトが経営を引き継いでいる

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